人間計測・福祉ロボット

機能的電気刺激を用いた選択的前腕筋の刺激法

研究背景

上肢麻痺者の手指機能を再建することは,脳卒中や脊髄損傷などにより手指の機能を失ってしまった人のQOLを向上させるために極めて重要である。その目的のために,これまでさまざまな方法が提案されてきた。その中でも,機能的電気刺激,パワーアシスト装置に関する研究が多数報告されている。しかし,これらの手法には様々な課題がある。機能的電気刺激における課題としては,

  1.  前腕部・手掌部に多数の筋があり,それらの選択的制御が困難であること
  2. 把持動作において重要な指の内外転運動や対立運動を行う筋が多数存在する手掌部への電極配置が困難であること

などが挙げられる。パワーアシスト装置における課題としては,

  1. 小型で十分なトルクを出力できるアクチュエータの入手が困難であること
  2. aのことからシステムの小型・軽量化が困難であること

などが挙げられる。

 fes-concept_copy_copy_copy.png

これらの課題を解決するために,この研究では,両手法を複合的に用いることで,日常的に使用可能な右図に示すような小型・軽量のアシストシステムの実現を目指している。このアシストシステムでは,前腕部に機能的電気刺激を用いることで筋を選択的に刺激し,握力方向への力を発生させる。また,手掌部には比較的弱い発生力で済むパワーアシスト装置を用いることで内外転の運動を補助する。


この装置を実現するためには,前腕部にある指の屈曲に関連する筋について,目的とする筋以外の興奮を防ぎ,任意の筋を選択的に刺激できなければならない。この課題を解決するアプローチとして,干渉電流による方法を試みた。

 

干渉電流

干渉電流とは,2つの異なる周波数を有する電流を重ね合わせて生成される電流であり,その包絡線の周波数は2つの入力電流の周波数の差となる。これを用いることで特定の筋を選択的に刺激可能な刺激法を検討する。

 fes-interference.png

筋は,数kHz以上の高い周波数の刺激電流には応答せず,数10~数100Hz程度の刺激電流に応答する性質がある。これを利用して,右図のように,2組の電極にそれぞれ少しだけ周波数の異なる電流を流し,体内で両者が干渉する領域で,数100Hzの干渉電流を生じさせる。干渉が起こる領域を制御できれば,筋を選択的に刺激できることになる。

 

 実験結果

fes-mucle.png前腕深層にあり,把持動作を行う上で欠かせない母指の屈曲・伸展動作を行う長母指屈筋と長母指伸筋,短母指伸筋を個別に刺激できることを目標とし,干渉電流による局所刺激の可能性を検証した。また,長母指伸筋と短母指伸筋はどちらも母指の伸展動作を行う筋であるため,手指の動作によってどちらを刺激しているかの判断が困難である。そのため,本研究では2つを併せて母指伸筋群とし,長母指屈筋と母指伸筋群の2つを刺激対象とした。左図に前腕断面図における長母指屈筋と母指伸筋群を示す。

 

20~21歳の健常な成人男性6名を被験者として,長母指屈筋の刺激実験を行った。刺激電流の周波数は被験者毎に実験的に調整し,3800~5800Hzとした。2つの刺激電流の周波数差も被験者毎に調整し,10~300Hzとした。電極の大きさは,50×50mmのものを用いた。実験の結果,6名中5名は何らかの指の屈曲が見られ,その内3名は母指のみの屈曲となった。

 

続いて,20~22歳の成人男性2名を被験者として,母指伸筋群の刺激実験を行った。はじめに,長母指屈筋と同様に50×50mmの電極を用いた。実験の結果,2名のうち1名については,母指のみの伸展動作が得られず,とも母指のみの屈曲が観察された。ところで,電極の大きさと刺激深度に強い関係があることが知られている。すなわち,大きな電極を使うと深度が深くなる傾向がある。左図からわかるように,母指伸筋群は背側部に偏って存在する。そこで,背側部の電極をΦ19mmの小電極に変更して実験したところ,2名とも母指のみの伸展動作が観察された。

 

成果発表